東京高等裁判所 昭和54年(う)2420号 判決
被告人 齊藤光太郎
〔抄 録〕
弁護人は、被告人の殺意を否定するとともに被告人の本件行為が正当防衛に当る旨主張するので、この点について職権により調査検討すると、被告人は、文化包丁を右手に持ち、前記出入口から調理場内に入って来た被害者に近づき、素手で右包丁を避け或いはこれを取り上げようとする同人ともみ合ううち調理台西側付近で少なくとも二回同人の胸腹部をことさらに突刺したものであって、このことは被害者の頸部右側に長さ約六・五センチメートル、深さ約一センチメートルの切創が、右胸部に長さ約〇・六センチメートル、深さ約〇・二センチメートルの小刺創及び長さ約一・一センチメートル、深さ約〇・五センチメートルの小切創があり、更に左季肋部に致命傷となった長さ約五・九センチメートルの刺創があること、しかも右の左季肋部刺創は肋軟骨、心臓等を切断し左肺下葉内に終る創洞の長さ約一五センチメートルの刺創であって、相当の力が働いて文化包丁の刃体の大部分が体内に入ったものと認められること、被告人自身も捜査官に対し二、三回被害者の胸か腹の辺りを突刺したと供述し、原審公判廷においても一、二回被害者の胸の辺りに包丁を突出した旨供述していることなどから考えて、優にこれを認めることができる。もっとも被告人の供述は、記憶の混乱などがあってその全てを採用し得るわけではなく、そのうち、被害者は前示のように東側冷蔵庫前付近で被告人に暴行を加えたあとも調理場内にとどまり引続きどんぶりを手にして被告人に立ち向って来た旨の供述部分は、他の多数の目撃者の供述と矛盾し、客観的な情況にも反するものであって到底これを採用することができず、この点については、前叙のとおり被害者はいったん調理場から出て、その後素手で被告人に対抗したと認定するのが相当である。そして以上認定のとおり、被告人は、被害者の数々の粗暴な振舞いに激怒して、もみ合いの状況下にあったとはいえ、身体の重要部分である(その損傷は生命の危険を伴う)被害者の胸腹部をそれと認識しながら同部分に向けて、優に人を殺害するに足る機能をもつ刃渡り約一七・九センチメートルの鋭利な文化包丁を少なくとも二回突出し、そのうちの一回の刺創行為により同人に致命傷を与えたものであり、このような凶器の種類機能、被害者の受傷の部位程度、被告人の行為の態様に照せば、被告人の被害者に対する未必の殺意を十分に推認することができ、また、前叙した本件犯行の経緯に徴すれば、被害者が前記杉浦や他の客から制止されて被告人に対する暴行を中止しいったん調理場から出たことにより同時点で被告人に対する不正の侵害は止み、その後被告人は被害者に対し「明日来い。」などと言い返して対抗し、ついに凶器を持って積極的に同人に近づき、素手の被害者ともみ合って喧嘩斗争の状態に入ったものと認めるのが相当であり、ことに被告人は、当時被害者の言動に激怒していたこと(その興奮が本件犯行後にも続いていたことは、被告人が本件により負傷し店の南側出入口のガラス戸の外で座り込んでしまった被害者に対しなおもその顔面を足蹴りにして倒したことによっても明らかである。)、また容易にその場から逃げ出すことも、凶器を手渡すなど他の店員の援助を求めることもできたのに、それらの回避行動をとらなかったことを併せ考えると、被告人が原審及び当審公判廷で供述するように、被害者ともみ合ううち「被害者に凶器を取られそうになり、そうなれば自分がやられるので先に被害者をやらなければならないと考えて被害者を刺した」としても、それは攻撃と防禦との交互に繰返される喧嘩斗争の一面に過ぎず、予期された攻撃に対する反撃として急迫性も防衛の意思も認められず、正当防衛の要件に当らないことは明らかであるから、これを認めなかった原判決の判断に誤りはない。
(千葉 神田 中野)